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【映画】ヒムラーの楽器(Instrument of Himmler;Himmlerin kanteleensoittaja)
ヘルシンキドキュメンタリー映画祭DocPointは、北欧で最大級のドキュメンタリー映画の祭典の1つ。毎年1月にヘルシンキにて行われています。
今年2014年の作品として、私たちカンテレ愛好家にとって非常に興味深い映画が出品されました。

「ヒムラーの楽器」と題されたこの映画では、ナチスドイツ親衛隊指揮者ハインリヒ・ヒムラー(Heinrich Himmler)の下、カレリア地方の民族調査研究にあたる1人のフィンランド人学生ウルヨ・フォン・グレンハーゲン(Yrjö von Grönhagen)の姿を描いています。
タイトルの”楽器”が指すのは、”カンテレ”。

アドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)の側近として知られるヒムラーとカンテレには、一体どのような関わりがあったのでしょうか。

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ヒムラーの楽器/Himmlerin kanteleensoittaja

【映画】ヒムラーの楽器/Himmlerin kanteleensoittaja

原題:Himmlerin kanteleensoittaja(ヒムラーのカンテレ奏者)
英題:Instrument of Himmler
製作国:フィンランド
製作年:2014年
上映時間:56分
監督:ヘイッキ・フットゥ=ヒルトゥネン(Heikki Huttu-Hiltunen)

【内容】
出発時には、旅の終わりがどこにあるのか分からないものだ。
1935年、若きフィンランド人学生ウルヨ・フォン・グレンハーゲンは自らの足でパリからカレリアへと消えゆく民族伝統文化を求めて旅立った。しかし、ドイツへ入ったところで旅は中断する。ナチスドイツ親衛隊指揮者ハインリヒ・ヒムラーがこの若き学生とルノラウル(フィンランドの古詩歌)に興味を示し、彼を迎えたのだ。
最後にフォン・グレンハーゲンが調査へ向かった時には、彼はナチスの公的研究機関アーネンエルベの役員にまで昇りつめており、カレヴァラの歌への純粋な探求は「古い北欧伝統の中にアーリア人種の存在証拠を見出す」という、ヒムラーの説を裏付けるという使命に変わっていた。

ヘイッキ・フットゥ=ヒルトゥネン監督は、フォン・グレンハーゲンの長きに渡るカレリア旅中の写真を織り込むことによって、簡素で文学的な映像の中に緊張感を与えている。

詳細:
ヘルシンキドキュメンタリー映画祭HP[フィンランド語/英語]
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ヒムラーはカンテレを愛し、自身も演奏していたと言われており、ユバスキュラにある手工芸博物館からは、ハーケンクロイツ(ナチスの鉤十字)が刻まれた5弦カンテレが発見されています。

その後ヒムラーの説とは対し、ヒトラーはアーリア人種の起源として北欧ではなくアジアに目を向けはじめ、フォン・グレンハーゲンは新たにアーネンエルベの会長に就任したヴァルター・ヴュスト(Walter Wüst)により、その職を解かれます。
このことが幸いし、フォン・グレンハーゲンは戦後、長きに渡り拘束されるものの処罰は免れます。

フォン・グレンハーゲンは後に、ヒムラーの傍らで過ごした日々を振り返り「Himmlerin salaseura(ヒムラーの秘密結社)」という本を残しています。
映画と合わせて、彼の残した言葉にもいつか目を通してみたいと考えています。
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