【フィンランドの行事】2月28日 Kalevalanpäivä/カレワラの日
1835年2月28日、Elias Lönnrot(エリアス・リョンルート)は『古カレワラ』の序文を書き上げ、その日付とサインを記しました。その後1849年に新たに編纂された『新カレワラ』が、今日でいう「カレワラ」。
多くの芸術家たちに影響を与え、フィンランド民族に自国と祖先への感嘆と、自信を与えた国民的民族叙事詩「カレワラ」が誕生した日―それが2月28日、Kalevalanpäivä(カレワラの日)です。

ロマン主義が各地で広まる1800年代初頭。フィンランドにもその波は訪れます。
国民生活の安定に伴い、各民族の言語、民間伝承、地方の風俗習慣や各民族の特異性、そういったものが徐々に注目され始め、民族意識が高まり始めていました。

当時東フィンランドの街で開業医をしていたElias Lönnrotはロマン派の波を受け、学生時代から興味を抱いていたフィンランドに残る民間伝承を採取する旅に出ます。
ロシア領とフィンランド領それぞれにまたがるカレリアの地域を巡り多くの詩歌を採取したLönnrotは、それぞれの詩が互いに関連づいていることに気付きます。
断片的に残された詩をつなげ、不足した部分を補い、一貫性のある物語詩として編纂された「カレワラ」は、最終的に50章22,795行にも及ぶ大編となりました。

「カレワラ」の誕生に最も驚いたのは、他ならないフィンランド人でした。
スウェーデン、ロシアと大国に支配されてきたフィンランド人たちにとって、自分達の言語であるフィンランド語で語り継がれてきた偉大な神話の存在は祖先たちへの感嘆を生み、「フィンランド人であること」への自信をもたらします。
文学、絵画、彫刻、音楽、あらゆる芸術分野でも「カレワラ」は題材として用いられ、文化への影響も多大なものでした。

Lönnrotは民間伝承を採取する際にある村で、もうほとんど弾かれなくなっていたフィンランドの民族楽器”カンテレ”が家々に飾られているのを発見して感激し、奏法の発掘・研究から教本の作成、民謡の楽譜を残したり、とカンテレの歴史にも欠かせない人物です。

フィンランド民族、そしてフィンランドとカンテレを愛する私にとっても欠かせない「カレワラ」とLönnrotに、敬意と感謝の気持ちを込めて。
Hyvää kalevalanpäivää!