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【フィンランドの行事】4月9日 Mikael Agricolan päivä /ミカエル・アグリコラの日
ma.jpg フィンランドで初めてのフィンランド語「ABCの本」が出版されたのは1542年頃のこと。その後1548年には新約聖書がフィンランド語訳され、それらの偉業を為したMicael Agricola(ミカエル・アグリコラ)は「フィンランド語書き言葉の父」と呼ばれる存在となります。

スウェーデン支配下にあるこの当時、フィンランドの公用語はスウェーデン語であり、単に「民間で話されている言葉」にしか過ぎなかったフィンランド語は書き言葉を持っていませんでした。

1520年初頭、ヨーロッパに広がる宗教改革の波がフィンランドに押し寄せ、スウェーデン国王の命の下、フィンランドもルーテル派の新教へと移行していきます。トゥルクで司教の秘書をしていたAgricolaは宗教改革の理念を知り、ドイツへ留学した後自らも司教となります。

彼が翻訳した新約聖書には、フィンランドにキリスト教がもたらされた経緯から、多くの注解、解説が彼の言葉で記され、これが人気を呼び、大衆に広がっていくこととなります。

1557年4月9日、彼は「Minä elään」という言葉を遺し、この世を去ります。
この言葉は「私は生きている」という現在形と、「私は(これから先も)生きていく」という未来形の2つの意味があり、Agricolaがどちらの意味でこの言葉を発したかは謎のままです。
誕生日が不明のため、命日が「アグリコラの日」として制定されました。

それから258年後、Agricolaの命日に生まれたElias Lönnrot(エリアス・リョンルート)は国民的叙事詩「カレワラ」を編纂し、Agricolaの創り出したフィンランド語・書き言葉を新しい形に整えます。

フィンランド語の歴史に欠かせない2人の偉人が命を落とし、生を受けた4月9日。
この日のカレンダーには「フィンランド語の日」とも記されています。
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