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【フィンランドの行事】5月12日 J.V.Snellmanin päivä(J.V.スネルマンの日)
JV_SnellmanElias Lönnrot(エリアス・リョンルート)が編纂した民族叙事詩Kalevala(カレワラ)や愛国心溢れるJ.L.Runeberg(ルーネベリ)の詩は、若い世代のフィンランド人へ強い影響を与えましたが、まだ具体的な運動が欠けていました。
それを明確にし、大衆の意識を高めるのに成功したのがJ.V.Snellman(スネルマン)です。

エリアス・リョンルート、J.L.ルーネベリと若い頃から親交のあったスネルマンは、学生時代に巡ったヨーロッパの旅中、列強の中にあって強大なロシアと共存しなければならないフィンランドには、フィンランド人一人ひとりに民族意識を浸透させることが重要だという考えに至ります。

スネルマンは週刊誌を発行、それを通じ国民への啓蒙運動を始めました。
1800年代中ごろの当時、知識階級はスウェーデン語を話し、フィンランド語を話す大衆との文化的格差はあまりにもかけ離れていました。彼は「知識人はスウェーデン語を捨て、フィンランド語を身につけるべきである。また、フィンランド語は公用語となり、教育や文化にも使われる文化的言語になるべきである」と訴えます。

彼は大衆の中に知識欲を目覚めさせ、公の事柄に参加する意欲を起こさせることこそが重要であると考え、その実現のために大衆教育を向上させるための機関設立や、文学・新聞の発行など、幅広い活動を行いました。

スネルマンは活動を続ける中、1863年には元老院議員に選ばれ、その年、ロシア皇帝アレクサンドル2世と面会し「言語条例」を発布させることに成功します。これは民族ロマン主義が生んだ最大の成果と言え、この条例によりフィンランド語は、公用語としてスウェーデン語と同じ地位を獲得するのです。

スネルマンの誕生日である5月12日は旗日として制定され、「フィンランド愛国の日」としても祝されています。
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